小笠路塩の道ガイドマップ

 古街道、信州街道、秋葉街道は、太平洋側の相良から園坂を越え塩買坂を下り市場宿へ。

そして菊川を渡り掛川城下で東海道と交差した後、さらに北上を続け秋葉山を経て信州へと続いています。

太古の昔から、人々は生活に欠かせない塩を求めて道を拓きました。やがて、塩のほか生活物資や風習、進行、文化、時には戦いをも運びました。この道は街道へと発展し、象徴的な意味も込められ、「塩の道」とも呼ばれる世になりました。この信州街道・秋葉街道も、時の移り変わりと共に、その役割を変えようとしている塩の道のひとつです。塩の道を散策しながら、いにしえに想いを馳せ、かっての先人たちが築き上げてきた歴史や文化に触れてみましょう。

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馬茶屋

 馬茶屋は、塩の道が塩買坂へ下る手前の原にある。相良から塩・魚、掛川方面からの米・茶などを運ぶ人馬がここで休んだという。現在は茶農家で、赤堀正一さん宅である。50年以上前までは雑木林に囲まれ、馬をつなぎ、うどん・そばを売ったという。雑木林もすでになく、茶畑や民家に囲まれた当時の面影は無い。赤堀さん宅の薬師堂がなければ当時をしのぶことはできない。

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三夜  

 秋葉山常夜燈として、高橋原の住民に戦前まで祠られた三夜燈は復元されて塩買坂の旧道脇にある。高さ50cm程の石柱に「三夜燈慶応四辰年正月立」(1868)刻文がある。また、近くには「高祖挙陽大師供養塔」も再建されている。この付近は塩買坂の入口で、道路拡張が行われており、古街道の面影は無い。

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塩買坂  

 塩買坂の名は相良方面からの塩・魚の運搬に使われた道にちなんで名づけられたとされる。今川第六代義忠が横地氏の残党に襲われて非業の死を遂げた場所として、また、徳川・武田の戦場としても知られている。当時の道は改良工事を免れた旧坂にわずかに面影が偲ばれる。その道は年代により移り変わっている。

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金毘羅宮  

 三夜燈を過ぎ、塩買坂を少し下がった右手に鳥居が見える。鳥居をくぐると小高いところに金毘羅宮の祠がある。この付近には雑草に覆われた東西に走る旧道の面影を見ることができる。地元の人の話しでは石倉(石室)の砦があったところとも言われている。

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徳本堂  

 徳本堂は、塩買坂を中坂方面に下り県道相良大須賀線交差した茶畑の片隅にある。昔、信州方面から来た旅の僧が、布教途中この地で行き倒れになったのを里の人が哀れみ、供養塔を建てたものと伝えられている。

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正林寺

 

 塩買坂を下ったところに正林寺がある。正林寺は、永正14年(1515)今川第七代氏親(うじちか)公が亡父義忠公追善のため、戦死の地に昌桂寺を開基。後に正林寺と転唱して今日に至っている。

 義忠公の墓は、本堂左手の駐車場から石段を登った山中にある。家臣の墓は、本堂右手の敷地沿いの小川を渡った山中にある。また、町指定文化財として、義忠公自作の坐像、公の正室寿桂尼(じゅけいに)の画像がある。

 塩の道は、龍門端の手前の小道を西に進み、「松の茶屋」を通る。

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松の茶屋

 

 塩買坂の下に数件の人家があり、その内の一軒が「松の茶屋」と呼ばれた茶店であった。家の前に数本の松の大木があり、店では米・味噌・酒・塩を売ったという。現在は鈴木さんのお宅であるが、住居を移転しており当時の面影は無い。

 塩の道はこの家の裏手を通り川上小原へ上がり市場へと続く。

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市場  

 川上市場は、古くから相良方面の塩や海産物と秋葉・信州方面の産物との交換商いの場、宿場として栄えた場所であった。市場付近から古代の住居跡が発見され、以前は村役場や駐在所・消防詰所があり、現在は農協、郵便局、小学校などが設置され永く地域の要所となっている。また、秋葉御神燈や風呂屋・倉掛・ぜえかえ(両替の意)の地名、宿屋・米屋・塩屋の屋号は、当時の賑わいを偲ばせている。

 市場を出た塩の道は、丹野川を渡り、猿渡辻、棚草辻を通り堤城(つつみじょう)に向かう。

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秋葉常夜燈

 

 市場から猿渡にかけて、いくつかの秋葉常夜燈を見ることができる。

 市場には、農協の北側の道路を隔てた北原さん宅の西角と東隣の村松さん宅入口の2箇所にある。また、市場から丹野川右岸側の土手沿いに河原まで来ると、二瀬川橋の手前にある。ここから猿渡へ抜ける道が旧道で、北側の亥之宮神社境内にも見られる。

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堤城跡  

 牛渕川に架かる城下橋(しろしたばし)の東側の小山が城跡である。城主は、今川家臣、松井左衛門尉信薫という記録がある。階段を登り城跡に立つと南側の展望が開け、下平川の町並みを眼下に見渡すことができる。

 堤城跡を迂回した塩の道は、牛渕川沿いに北進し、法華寺橋(ほっけじばし)を左折、上平川方面に渡ると菊川の高田の渡し場に着く。

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高田の渡し場  

 上平川から高田へは船で渡った。やがて高田橋が架けられたが、渡船場は今の高田橋より下流だったという。現在は渡船場の面影は見られない。

 高田へ渡った塩の道は、古川神社、応声教院(おうしょうきょういん)を通り、陣場峠(じんばとうげ)を越え掛川城下に入る。そして、東海道と交差した街道はさらに北上し、秋葉山を経て信州へと続いていく。

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塩の道公園  

 太平洋側の相良・御前崎から信州に続く「塩の道」と日本海側の糸魚川から信州に通じる「塩の道」をテーマに、平成8年7月に完成した公園である。

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菊川市歴史街道館  

 歴史街道館は、街道画と民芸品等の展示施設で、施設には東海道、秋葉街道、田沼街道、伊那街道、身延街道等、かって文化の根幹をなした歴史街道の面影を偲ばせる風景画の数々とこの地で築き上げられた幾多の民芸品等がある。

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